占いの歴史

占いの歴史

占いとはいつの時代からあるのでしょうか。

古くは陰陽師なんかがイメージとして浮かび上がりますが、正確なところは
さだかではないですよね。

世界中において、多くの場合、占いは、政治にも深く関わっているほど、人々にとって
重要なものだったのです。

科学のない時代、占いは信用され、結果は絶対的なものとして認識されてきました。
もちろん、この日本においても、占いは重要視されてきました。

日本の占いの歴史のなかで、最も古いもののひとつとしてあげられるのは、盟神探湯です。
盟神探湯は、沸かした熱湯の中に手を入れたとき、やけどをするか否かで、
その人の正邪を占うものです。

冷静に考えれば全員やけどをするに決まっているのですが、その当時はそれが絶対的な
ものだったのです。

8世紀になると、陰陽道が発展してきます。あの有名な安倍晴明なんかも陰陽師です。

法律によって、陰陽寮という、占いなどを担当する役所が定められ、設けられたのです。
これも邪馬台国の卑弥呼と同じく、占いが政治において重要であったことを示す例です。

ちなみにこの陰陽寮が廃止されたのは、なんと明治になってからだと言われています。
平安時代や鎌倉時代には、占いはかなり多様化します。
江戸時代には、占い師という存在が一般的になってきたようです。
有名な占い師や易者も記録に残っています。
こうして、占いは庶民にとっても身近なものになっていったようです。

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